2011年2月23日水曜日

【ザ・コラム】河村市長再選 「減税は経済拡大」は錯覚だ

名古屋市長選挙では河村たかし氏が市民税減税を訴え、圧勝した。ここで改めて、減税は本当に市民のためになるのか考えてみよう。減税を実施すれば、不足する財源は議員報酬の削減だけでは到底足りず、公共サービスを減らすしかない。したがって、この政策の是非は、サービス減を補うだけの経済拡大があるかどうかにかかっている。しかし、減税では経済は拡大しない。理由は次の通りだ。

これまで1億円だった税負担を7千万円に減らすとしよう。人々は3千万円助かるが、公共支出も3千万円減らさざるを得ない。公共支出の削減が、介護や教育などの公共サービスで行われるなら、そこで働く人たちへの給与支払いも減る。つまり3千万円は、公共サービスで働く人から納税者への再分配である。これでは、市民全体が使えるお金の総計は変わらないから需要も増えず、経済は拡大しない。介護や教育のサービスが減るだけである。

支出削減が社会保障費などの各種補助金を対象にするなら、補助金を受けていた人から納税者への単なる再分配であり、これでも経済は拡大しない。公共事業削減なら、コンクリート代が減るだけで、人への支払いは減らないと思うかもしれない。しかし、コンクリート代とは砂利や石灰石を掘った人への給与である。つまり、人件費でも材料費でも、削減すればすべて誰かが受け取る金額の減少をもたらす。

このように、減税をすればその分財政支出が減って、人々の収入が減る。反対に公共サービスを増やして給与を払えば、それに充てる増税で納税者の負担を増やす。いずれにしてもお金は増えず、再分配だけである。それなら、公共サービスが提供された方がよい。公共サービスの効果はこれだけではない。雇用の拡大でデフレと雇用不安が軽減され、消費が刺激される。その結果、所得も増え、経済が拡大して新たな税収も生まれる。このとき、経済拡大の要因は人々にお金を渡すからではない。雇用拡大で消費を刺激するからであり、所得が増えるのはその結果だ。減税なら、サービスも雇用も何も生まないから、所得も増えない。

河村氏はさらに、減税すれば外から企業や人々が入ってくるから、税収も増えるという。公共サービスが貧弱な地域に人が来るか疑わしいが、たとえうまくいって名古屋に人が集まったとしても、日本の他の地域が衰退する。これでは近隣窮乏化政策であり、他地域の犠牲の下でしか成り立たない議論だ。

減税すれば、とりあえずお金が増えて景気を刺激する、という見方もある。しかし、減税でいきなり手元資金が増えるわけではない。日々の所得から納める額が減ると同時に、財政支出も日々削られるから、人々の手元資金は増えず、時差がもたらす景気への効果もない。財政支出を抑えずに公債でまかなえば、お金は増えると言う人もいる。しかし、公債が積み上がれば、将来、利子付きで税負担がある。それを考えれば人々は消費を増やさない。たとえ将来の税負担を忘れて消費を増やしても、利子付きで負担が来るときには消費が減り、今の消費増加を相殺する。

このように減税は、公共サービスを減らして再分配を起こすだけである。再分配自体が経済への拡大効果を生むとしたら、消費性向の低い人から高い人に再分配される場合である。同じお金が、より多く消費する人に回るからだ。就業者から失業者への再分配は一例である。そのときでも直接お金を回すより、少しでも役に立つ仕事をしてもらって給与で渡す方がよい。総消費が増える上に公共サービスが提供され、国民の便益になる。雇用も拡大するから、消費をさらに刺激する。

減税によるばらまきでは経済は拡大せず、公共サービスの低下だけに終わるから、お金の取り合いによる悪者探しが始まる。その典型が公務員批判である。議員や公務員の報酬が適切かの議論もすればよい。しかし、それは純粋に分配の問題であり、経済の拡大や地域の発展とは無関係だ。

身内を無駄だ非効率だと攻撃し、減税というばらまきで、人々に経済が拡大するという錯覚を起こさせる手法は、周回遅れの小泉改革である。そこからは、公共サービスの低下と格差拡大だけで、何も生まれない。公共サービス削減のキャンペーンは、政策を考える側の自己否定だ。自分はお金を有効に使えないから、何もせずお金を返すということだ。経済にとって税金をそのまま戻すのがいいのか、雇用をつくって公共サービスを提供し、給与で戻すのがいいのか、答えは明らかだ。需要が旺盛で人手不足なら、公共サービスを減らして人手を民間に向ければよい。でも今は、人が余って雇用が足りないから、公共サービスを充実させる方がよい。

国民が考えるべきは、政府にどのような公共サービスを充実させるかだ。それが、国民自身の生活の質の向上につながり、就職に苦労する若者や失業に苦しむ人々への応援にもなる。 (大阪大学フェロー=小野善康)


~朝日新聞 2011年2月23日付掲載~