2011年3月6日日曜日

【TPPに克つ!脱サラ&異端農業成功物語】(02) 自然栽培で年商1000万円以上

「この4年間、試行錯誤を繰り返しながら自然栽培に取り組み、ようやく成功しました」。こう話すのは、とかち帯広空港近くの帯広市愛国町で野菜農家を営む薮田秀行さん(54)だ。きのう、この欄で紹介した「やぶ田豚」の養豚家、薮田貞行さんの実兄である。自然栽培とは農業、有機肥料を使わないのはもちろん、耕さず、草取りもしない。畑にそのまま種をまくのである。その方が土壌が軟らかくなり、水や空気がよく根にしみこむ。病気にもならないし、収穫量も変わらないそうだ。

さて、秀行さんも脱サラ組である。近畿大学農学部を卒業後、18年間、大手食品会社に勤めた。しかし、添加物の入った食べ物を売ることに疑問を持ち、安全で安心な食べ物作りに取り組みたいという思いから農業に転じた。

動きは弟よりも早かった。サラリーマン時代の1995年から帯広市内で開かれていた年2回の実地教育と通信教育で構成される農業入門塾に参加、就農準備を始めた。「入塾後はボーナスには一切手をつけず、約1000万円の自己資金を準備しました」。98年に退職して帯広市に引っ越し、準備期間を経て99年から有機農業を開始。02年に借りていた農地も買い取った。栽培面積を徐々に増やし、今は約6ヘクタール。周辺の平均的な大農家に比べれば5分の1程度の面積だが、ホウレンソウ、マメ、カボチャ、カブなど約90種類の野菜を栽培。夫婦で切り盛りしている。

とはいえ、当初の年商はわずか300万円程度だったという。「良い土壌がなかなか完成せず、自分が理想とするような野菜ができなかった。売り上げ確保のため、他の農家から野菜を仕入れて売ったこともありました」。07年に土壌がよくなり、野菜の品質が飛躍的に向上、年商も1000万円以上になったという。

薮田秀行さんは、販売方法も面白い。農協には一切出荷せず、十勝地方の主婦ら個人への口コミ販売が中心なのだ。自宅横に直売所もある。また、顧客名簿には全国で1000人近くが登録されており、注文があれば、1箱3000円で12~13種類の野菜を詰めた「宅配有機野菜」を送る。3年前には畑の横に加工場を設置し、煮豆やトマトのピューレ、ピクルスなどを瓶詰めにして販売する新規事業も始めた。売り物にならないくず野菜は実弟、貞行さんの豚の飼料に回す。「大量生産の農家は目指しません。コミュニティーとのお付き合い。お客さんから農場を支えてもらう。私の畑は皆でシェアしているという考えで農業に取り組んでいきたいと思います」

こうした取り組みは、サラリーマン時代の経験を生かしてのものだ。秀行さんが勤めていた会社はコンビニ向け弁当やサンドイッチの食材を加工していたが、そこで事業部長や工場長なども経験した。製品開発や品質管理だけではなく、コストの管理でも大いに腕を発揮したという。これが生きた。「設備投資を抑えて固定費を下げた農業をしないと、投資を回収しようと必死で売ることばかり考えて品質がおろそかになりがちです。お客さんのためにあえて資本投下しないという考えが自然栽培につながりました」

企業が乗り出す大規模農業が進む米国でも、「CSA(コミュニティー・サポーテッド・アグリカルチャー)」と呼ばれる方法が活性化しつつある。生産者が消費者に直接販売し、地域や消費者も生産者を支える動きだ。「TPPなど経済のグローバル化は避けられないのでしょうが、各農家が消費者を意識して力をつけていくしか生き残りの方法はないと思います」。秀行さんの言葉は力強い。

井上久男 1964年生まれ。04年朝日新聞を退社してフリージャーナリストに。自動車産業や農業などを精力的に取材。著書に「トヨタ 愚直なる人づくり」。


~日刊ゲンダイ 2011年3月2日付掲載~