2011年3月12日土曜日

【TPPに克つ!脱サラ&異端農業成功物語】(03) 無添加ミートソースで大成功

帯広市の西部に位置する、河西郡の芽室町。ほとんどの農家は「主力4産品」で生計を立てている。小麦、大豆、ビート(甜菜)、でんぷん原料用馬鈴薯だ。これらはかつての米と同様、「政府管掌作物」といわれた。政府が全量を買い上げる形で小麦粉や砂糖などに加工されて消費者の元に届いていた。だから「私たちは公務員と同じなんですよね」(地元の農家)といった声をよく聞く。ところが、07年度から政府の買い上げがなくなった。民主党は農家への個別補償政策を打ち出しているが、多くの農家は「国が財政破綻寸前の状況で、いつまでも農家への優遇が続くはずがない」と思っている。

「農家も国の世話にならないで生きる時代が来ていますよ」と話すのは、同町で約30ヘクタールの畑作をしている農家の主婦、鈴木由加さん(45)だ。鈴木さんは美容師出身。彼女の自信には理由がある。「農村起業」で成功しているのだ。

10年前、800万円を借り入れて、計1000万円の投資をした。自宅の横に加工場を設け、農作業の合間に自宅でとれた野菜を材料に無添加のミートソースや五目ご飯などを作り、真空パックにして売るビジネスを始めたのである。地元の直売所やレストランに売るほか、電話やインターネットでの注文にも応じる。商品ブランド名は「すずきっちん」で、これがうまい。何より無添加だから、安心、安全。こうした試みが、新しいビジネスと顧客をつくるのだろう。「本業の農業以外に年間約600万円の売り上げがあり、パートも2人雇っています。借金も1年前倒しで昨年返済が終わりました」

鈴木さんは「北海道女性農業者倶楽部(マンマのネットワーク)」のメンバーでもある。料理家や主婦、農家の奥さんらが主なメンバーで、年1回、素材や加工品を持ち寄り、外部の評価も受ける。若手もアドバイスを求めて訪ねてくる。主力4商品だけでは生き残れない。トマトを栽培してピューレとして売れないか。そんな相談である。

鈴木さんは「やっと地元に根付くことができた」と言うが、彼女に起業を決意させた動機は実は、「農家にやさしい習慣」だった。北海道には独特の金融制度がある。北海道の農家は夏から秋にかけて収穫する。収入は冬に集中し、それを農協の「組合員勘定口座」に入れておくと、夏場に残高が足りなくなっても冬の売り上げを見込んだ信用決済をしてくれるのだ。

これは便利な制度だが、半面、家計は「どんぶり勘定」になりがちで、“甘えの構造”にもつながっていく。「北海道では大規模な機械化が進んでおり、高額の設備投資が不可欠であるためキャッシュが乏しい。でも、働いているのは夏場の4ヵ月で、冬場は何もしていないんですよ」。ドンブリ勘定からの脱却と現金を稼ぐことの必要性を痛感した鈴木さんは、起業を決意したのである。

いま、鈴木さんは事業を拡大させ、「農村レストラン」を検討している。農水省は現在、農業の「6次産業化」を推進する。直接生産する1次産業、加工する2次産業、流通・サービスを担う3次産業をドッキングさせて1+2+3で6次産業というわけで、農業の付加価値を高め、地域の活性化にもつなげていこうという試みである、鈴木さんに比べると、中央官庁の試みは遅すぎるのではないか。

井上久男 1964年生まれ。04年朝日新聞を退社してフリージャーナリストに。自動車産業や農業などを精力的に取材。著書に「トヨタ 愚直なる人づくり」。


~日刊ゲンダイ 2011年3月3日付掲載~