2011年3月12日土曜日

【TPPに克つ!脱サラ&異端農業成功物語】(05) ホルスタインなのに驚異のうまさと安全性

十勝地方の河西郡芽室町にユニークな畜産農家がいる。農業生産法人株式会社「オークリーフ牧場」を経営する柏葉晴良氏(54)だ。国内でBSEの問題が顕在化する前、正確にいうと17年前から、どのようなプロセスで肉を生産したかを消費者に開示することを強く意識し、治療歴や子牛の出生地などのデータを管理。抗生物質は一切使わず、非遺伝子組み換えやノンポストハーベスト(収穫後農薬未使用)の穀物飼料しか与えず、牛を飼育してきたのだ。

肉牛の場合、子牛を育てる「素牛農家」と、それを肉用に飼育する「肥育農家」に分かれる。柏葉氏は両方を一貫生産しており、価格の安い乳牛の「ホルスタイン」の牡牛、3000頭近くを食肉用として飼育する。「多くの消費者が食べる低価格の肉の安全性を担保することに意義がある」と考えたからだ。「未来めむろうし」というブランド名をつけ、スーパーなどに販売している。

柏葉氏は08年5月、地元の農家有志に協力を募り、地元で焼き肉店「KAGURA」をオープンした。柏葉氏の牛肉や地元でとれた野菜を食材に使う。店舗は芽室農協の古い倉庫を改築した。「一番おいしくて安全なものを地元の人に食べてもらう。それが口コミで広がり、都会の人にも来てもらう。それが地域のためにもなる」と柏葉氏は言う。相当分厚く切ったステーキや、せいろで蒸したリブロース。これらをわさび醤油で食べる。地元でとれた「山わさび」を使う。味は有名な和牛と全く変わらない。

「農家だからやれる焼き肉屋を目指したい」。柏葉氏はこう胸を張ったが、ここまでは紆余曲折があった。親から事業を引き継いだ直後、オイルショックの影響などで1億円を超える借金を背負ったのである。借金返済のため、利益重視、効率性を徹底的に貫いた。「当時は抗生物質やホルモン剤を使いまくっていました」。億単位の利益を上げることに成功して借金も返済、事業も順風満帆だったところで、柏葉さんは目標を失ってしまう。

そこに転機が訪れた。94年、広大な農場内で宿泊体験してもらう「ファームイン」を始め、消費者の声を直接聞いて、「安全で安心なものを生産することが農業の基本」と考え始めたのである。「どん底と大もうけの両方を経験した結果、自分が存続できるための利益だけでいいと思うようになりました」。安全性を求めると、生産性は低下した。年間で1700万円近いコスト高になったそうだ。しかし、こうした肉が評価される時代が来ると思った。部位も偽装されないように1頭単位でしか売らないことにした。BSE騒動の前からだから、先駆者である。

柏葉氏はいま、牛肉の輸出を検討している。海外から引き合いがあるという。そこに「規制」の壁が立ちはだかる。食肉を輸出する場合、国際的な衛生基準「HACCP(ハサップ)」の適用を受けた処理場で解体しなければならないが、それが地元にはないからだ。国内では群馬県と鹿児島県にしかない。輸出コストを考えれば、割に合わない。しかし、柏葉氏はメゲていない。「昨年11月に豪州を視察して、規模の拡大競争ではかなわないと痛感しました。安易な経営拡大より、きめ細かに一頭ずつ育てていくことの方が競争上、優位になる」。ここに日本農業が生き残るヒントがある。

井上久男 1964年生まれ。04年朝日新聞を退社してフリージャーナリストに。自動車産業や農業などを精力的に取材。著書に「トヨタ 愚直なる人づくり」。


~日刊ゲンダイ 2011年3月5日付掲載~